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迷った時 



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人生で
どっちの方向にいくか迷う時ってありますよね。
そういうときは、どう考えるといいんでしょうか?

答えは色々あると思うのですが、







参考までに次の会話を・・・







「社長、人生でどっちの方向にいくか迷うときってますよね。
 そういうときは、どう考えるといいんでしょうか?」


「○○さん、そのチョコおいしそうだね。
 1コもらえるかな」


「あ、どうぞ。どうぞ」


「じゃあ、2個もらおうか」


「どうぞ、どうぞ」


「で、なんだっけ・・。あ、なんで、人間は迷うのかだったよね。
 ○○さんは、なんでだと思う?」


「うーん。なんででしょ」


「それはね、
 みんな答えが一つしかないと思ってるから悩むの。
 ○○さん、2+3はいくつ?」


「5です」


「正解。でも、
『2+3は10ではない』って答えても正解でしょ?
『2+3は簡単です』って答えても間違いではないよね。
迷ったときは、正しい答えは無限にあるってことを
知っておくといいよー」


「なるほど!!!ーーーー。ちなみに社長は悩みとかあるんですか?」



「あるよ。さっき、○○さんに
 チョコを1個もらううか2個って言おうか
 迷ってたからね」





あなたの選んだ道が
正解だ!



好きだな~(笑)

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自分探しって? 



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世界30カ国回った

「地球はまあるいよ」の著者、河本ぼあらさんの言葉です。


彼女は世界30カ国を回って、300日ぶりに日本へ戻ってきたとき
近くの川岸を朝早く通ってると緑の木々が鏡のように映りこんでいて

「ニュージーランドみたい!」

と目をみはったのだそうです。


ずっと慣れ親しんでいたはずの近所の川辺の美しさに気づく。



彼女は言いました。



「旅に出なければ、同じ景色を見てもそのよさに気づかなかったかもしれません」




世界30カ国を回って、
ずっと慣れ親しんでいたはずの近所の川辺の
美しさにはじめて気づく。


そういうことなのかな。


違う場所に行って、
はじめて“ここ”が見えてくる。

自分とは違う人と出会って
はじめて“自分”が見えてくる。


だったら、自分探しなんてしていたらもったいないかもね。
自分なんてないんだから。
自分は、誰かと出会ってこそ
生まれるものなんだから。

そう思った言葉でした・・・

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病気治療の特効薬 



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僕らは、毎日ごはんを食べますが、

「飽食の時代」といわれてかなりなります。

しかし時には、感謝の気持ちを、食べ物に持たないといけないと思うのです。

時々ですが・・・

そこで



名言セラピーから



戦時中のことです。

あらゆるものが不足し、病気の治療も満足にできない状況だったそうです。

そのときのいちばんの特効薬はなんだったと思いますか?

その“あるもの”を食べさせたら、病気が治ったり
食べる力もない場合は、
それをビンに入れて耳元でふってやるだけでも効果があり、
病気が持ち治したという実話があるそうです。


戦時中の一番の特効薬、

それは

めったに食べられない

白米でした。


そう。あなたがさっき食べたご飯です。
そのご飯をビンに入れて耳元でふってやるだけでも
病気が持ち治したという実話があるのだそうです。


僕らが毎日食べてるあのご飯がですよ。

現代の医学の知識で考えたら、重い病気がご飯で治るわけがありません。


では、なぜ、治ったのか。








多分、そこに「ありがとう」があったからです。

白米。当時は大変な貴重品。
きっと、病人のために、ご飯を食べさせてあげたいと、
身の回りの人が
思いをかけてお金もかけて
白米を用意したんだと思います。

ありがたい。ありがたい。

その感謝の思いが体のバランスが整え
治るはずのない病気が治ってしまった。

ご飯で病気が治るわけがありませから、
多分、そういうことです。

というわけで……3秒セラピー♪

一番の特効薬、それは
ありがとう。




ありがとう。ありがとう。ありがとう。

ありがとうって、深い。

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やっぱり手書き日記W 



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笑顔が美人を作る  



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笑顔が美人を作る


よく言われています。


でも当たっていると思います。


ということで昔話から・・・



江戸時代の話です。
元日の朝、大店の主人が床の間に雑巾が置き忘れてあるのを見つけて、「元旦だというのに、こんな汚らしい物を床の間に置き忘れるなんてとんでもない」とカンカンになって女中を叱っていました。
そこへ蜀山人(江戸時代の狂歌師、大田南畝)がぶらりとやって来て
「雑巾を 当て字で書けば 蔵と金 あちら福々 こちら福々」と詠んで聞かせました。
これを聞いた主人は、コロッと恵比寿顔に変わり、さっそく雑巾をもって来させて、わざわざ床の間に飾ったということです。

要は、モノの考えようです。
どうせこの世はままならないものと腹をくくって、年中物事の悪い面ばかり見て愚痴を言ったり腹を立てたりして過ごすのではなく、すべてを良い方に解釈し、ニコニコ過ごそうと努めることです。
病は気からと言うが、笑いも同じで、笑うから楽しくなるのです。
無理してでも笑っていると、この世が自然と楽しくなってきます。
そして、顔が内側から綺麗になってきます。


もうひとつお話を・・・



劇作家、真山美保さんの作品に『泥かぶら』があります。
醜いがゆえに村の人々から嘲られ、子供たちからは石を投げかけられたり、唾をかけられたりする女の子がいました。
「泥かぶら」と呼ばれたその少女は、悔しがって怒るほどに心が益々荒れ、顔は醜くなっていきます。
そんな時、たまたま通り掛かった旅の老人が、竹の棒を振り回して怒り狂う泥かぶらに向かって、次の3つのことを守れば村一番の美人になれると諭します。

・いつもニッコリ笑うこと
・自分の醜さを恥じないこと
・人の身になって思うこと

少女は美しくなりたい一心で、その日から血のにじむような努力を始めました。
何度も挫けそうになりながらも、また気を取り直して始めます。
いつしか泥かぶらの顔からは憎しみが去り、その心は穏やかになってきました。

ある日、村に人買いがやって来ました。彼女と同じ年頃の娘が買われていくことになっていました。
その時、泥かぶらは、自らその娘の身代わりになることを申し出て、買われていくことなりました。

しかし道々楽しげに村や子供たちのことを語る泥かぶらに、いつしか人買いの心は動かされました。

そして、「ありがとう、仏のように美しい子よ」と、置き手紙を残して去っていきます。


笑顔が自分だけでなく、他人をも救うのです。


なんといい話(笑)

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情報インプット 



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  情報はいまやゼロ円で入手できる時代になってきました。

  情報処理能力が、必要となってきてますね

  しかし情報がありすぎて・・・


  な~んて思いませんか?

  どう対処すればいいんでしょうか?



  簡単です!
 

  実は情報は、見ては捨て、見ては捨てていけばいいですよ

  僕にも経験ありますが、あまり情報がありすぎると

  判断に困ります。

  だから・・・



  脳にストックする必要はないんです。

  流し読みでよいかと思います。




  なぜなら、情報は生ものですから・・・


  情報は、どんどん陳腐化していきます。

  グッドアイデアも、陳腐化していきます。

  なので、情報におぼれないことが大切だと思うのです。


  常に情報の上に乗りましょう。

  ビッグウエーブであればあるほど、遠くへいけます。

  

  結構適当に読んでいれば、なんとなくわかってきます。




  ビッグウエーブでも下にいたのでは、

  情報に呑まれて終わりです。


  時には、「情報断食」も必要かと思います。




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しあわせは降ってくる? 



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最近、思います。しあわせは降ってこない。

しあわせは待っていても、向こうからやってこないんだ。

しあわせはやってくるものではなく、
いまこの瞬間のしあわせに気付くだけ。

なんともない普通の日常のなかの
小さな小さなありがとうに気付くこと。
目の前の人のいいところに気付くこと。


「あ~ごはんがおいしい」
「あ~手が動く」
「あ~友達がいる」

これで十分なのでは・・・



当たり前と見逃している
小さなしあわせに気付くとき、そのときにこそ
しあわせは怒涛のごとく降ってくる。


「では、どうすれば小さなしあわせに気付けるの?」




見つけようって“意識”することだと思うんです。


意識・・・






人生は小さなありがとうを見つける旅だから。



いきなり、しあわせになることもできると思うんだけど
こういう小さな心がけを毎日続けることで
いつの間にか、いつの間にか、
しあわせな人になってるんだと思います。

今日から心がけてみようよ。


すると、一年後

あなたはきっと別人のように輝いてるから。

あなたは今日からどんどんどんどん輝いていきます。



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人間は正論だけでは説得できない2 W 



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2.説得するには行動させると良い
人は、言葉や文章だけではなかなか説得されない傾向もあります。
ところが、自分自身があまり信じていないことでも、自分が相手を説得する行為をしている間に、自分自身が説得されてしまう側面があります。

例えば、断酒の会では、新しい入会者があると、まだ完全に酒を止めることができない人に説得役をさせます。そうやって人を説得している間に、自分自身も酒を止めることができるようになるそうです。

多くの宗教が、まだ深い信仰に達していない人に、他人を入会するように勧誘させるのは、この人間心理の応用です。共産主義が、非常に実践を重視したのも同じことです。

3.役割を与える
東大の社会心理学者水原泰介教授は、学生のソ連(現ロシア)人に対する好き嫌いを慈善に調べておき、「君の文章が高校生のソ連観をどれだけ変えられるか調べたい」と言って、ソ連人を好きと答えた学生たちにはソ連人を悪く思いこませる論文を、ソ連人が嫌いと答えた学生にはソ連人に好感を抱かせる論文を書かせました。

その直後に、再びソ連人に対する好き嫌いを調べたところ、なんと60%の人が前とは態度を変えていたそうです。

つまり、論文を書いている間に、自分が説得されてしまったのです。
だから、説得率を高めるには、相手に役割を与えることが効果的です。

4.協力者作りは、結局は人間関係作りです。
「やりたいこと、やらなければならないこと」を行うには、とくに企業などで改革に取り組むような場合には、いかに協力者たる仲間を得るかがポイントになります。
仲間作りには、両者の間に好意と信頼関係がなければ不可能です。

「同じことを言っても、言い手によって納得したりしなかったりする」という一種の物差しが人間にはあります。
だから、他人を納得させるためには、「何を」という内容だけではだめで、「誰が」という言い手にも努力と工夫がいります。
それは結局、良い人間関係作りともいえます。

普段から、笑顔で明るく挨拶を交わし、「はい」と素直に返事を返し、相手の話には快く耳を傾けて、相手の好意を勝ち取っておくだけで、説得率が大幅に上がるはずです。

・相談する言葉(君ならどうする) 
・期待する言葉(君ならできる、期待してるよ)
・ほめ言葉(良くやった、素晴らしい)
・任せる言葉(これは君しかない任せたよ) 
・労りの言葉(ご苦労さん、お疲れ) 
・感謝の言葉(ありがとう、助かったよ)   

などを多用し、時間やお金などの小さな約束も守り続けることで、相手との間に深い信頼関係を築いておくことも大切です。
つまり、普段の心がけが説得には大きな影響を与えます。

参考記事

http://plaza.rakuten.co.jp/arkoota/diary/200612050000/

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人間は正論だけでは説得できないのよW 



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人間は感情の動物だから、正論(元々、世の中の問題には唯一の正しい論理などと言うものはなく、自分にとって都合が良いかどうかだけで、反対の人にもそれなりの正論があります。
アメリカとイラクが良い例で、それぞれの正論と正論がぶつかり合って泥沼になっている)をディベートのように論理的に話すだけでは人を説得することはできません。

企業の中でも、こんな例があります。
一流大学を卒業してからアメリカに留学し、向こうで働いた後帰国して外資企業で働いている優秀な女性のAさんは、事務処理能力が抜群なので総務的な仕事を任されることが多い。当初は上司をはじめ皆の信頼も厚いのだが、徐々に皆から浮き上がってきます。

彼女は、自分が正しいと思ったことは、たとえ上司だろうとストレートに言動に表して喰ってかかるので、誰もが徐々に敬遠するようになります。仕事に打ち込めば打ち込むほど、ちぐはぐな結果になることが多く、それで一カ所に二年ぐらいしか続きません。

ビジネスの場だけでなく人間関係においては、真実を素直に述べることが必ずしもよい結果を生むとは限りません。時と場、相手の置かれた状況などをよく心得ていないと、かえって反発を喰ったりしてスムーズにいかないことの方が多いものです。人間関係の問題は、ときには回り道をした方が良い結果が出ることが多いものです。

そうしたテクニックを小細工だと軽んじる人もいるが、相手に反発を食らっては、どんなに正しいことでも説得はできません。
要は説得するのが目的なのだから、手段を選ぶのが真に賢いやり方です。

1.「か?」一つが説得のコツ
あるとき、たこ焼きの屋台でお金を台の上に置いたら「ここに置いてください」と店員に受け皿を指して言われ、思わずムッとなりました。
別の店でも、「ここにお金を入れてくださいませんか?」と言われたが、「ああ、そう」と別段気にもならず素直に従った。

あるとき、「なぜだろう」と気になって考えたら、「か?」一つ有るか無しかの違いに気がつきました。

私たちは、自分に係わる事項で選択の余地がなく一方的に「ここに置いて下さい」などと指示されると、命令された気分になって反発します。

ところが、「置いて下さいませんか」と言うように選択の余地が少しでもある(お願いであって置かなくても良い)と満足し、心に余裕が生じて、相手の要求をすんなりと受け入れることになります。

よく気をつけてみると、周りの人によく反発をくっている人には、断定的な言い方をする人が多いような気がします。その言葉が的を射ていればいるほど、もっともだと思ってもカチンとくるのが人間です。

自分の意図する通りに受け入れてもらいたければ、「来週、残業やってくれないかな」ではなく、「来週の火曜日か水曜日に残業して欲しいのだがどうかな?」というように、相手に選択の余地を残しながらも、その選択の幅を狭くするのがコツです。

予定が既定事実であるかのように問いを組み立て、なおかつ選択肢のある問いを仕掛ける。だが、そこには「これ以外の何も」選択の余地がない。その場合、初めの前提まで戻って疑うことはまれで、相手がその選択肢の範囲を超えることは滅多にありません。 

参考記事
http://plaza.rakuten.co.jp/arkoota/diary/?PageId=1&ctgy=3

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子どもの人格を尊重する 



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親が変わると、子どもが変わる
「一つ秘訣をお教えしましょう。子どもがリーダーをどう思うかより、
『リーダーが子どもを信じ、何を期待するかがより重要』なのです」
「リーダーを親に置き換えても、同じことですね」
「そうです。まったくその通りです」

「あとは、信頼していることを相手に伝え、期待する気持ちを伝えることです。
そして、心を込めてじっと見守ります。口を出したくても、じっと辛抱することです。
まず、親が変わることです。大変な努力が必要でしょうが、やりがいのある仕事です」

「子どもは確実に変わるでしょう。彼自身の意志で決断して。親の自分に対する信頼と期待に、応えようとするでしょう。なぜ子どもが変わるのかというと、親の変化を敏感に感じ取り、見抜くからです。親の努力を受け入れるからです」

「親の側の辛抱が足りないようです。すぐに口を出します。その時、私は必ずイライラしています」 「じっと辛抱することを、覚えましょうよ」
「そうですね。先生を見ていると、じっと辛抱されているなと感じます。私ならもう既に口を出しているでしょう」

子どもを、「人間として認める」
「事前研修で、私の指導理念に触れましたね。
1 相手を人格として尊重する (#18 相手の人格を尊重する)
2 人間の持つ無限の可能性を信頼する (#11 考えて、行動するプロセスを通じて学ぶ)
3 社会環境によって、人間は成長し得ると確信する この3つです」
(#31 私の3つの指導理念)

「自分の子どもを独立した「人間として認める」ことが、親にはなかなかできないようです。それに、教師は必ず上下関係で、生徒を見ます。彼らには生徒を人間として認めることなど、できるはずがありません」

「『一人前の若い大人』としてつき合うつもりだと、私は子どもたちに話しました。同じ立場に立つということです。『子どもと同じ目の高さに立つ』姿勢を示しています。上下関係ではないという意味です。対等な立場で、双方向のコミュニケーションを持つつもりだということです」
「子どもの人格を尊重するということですね」
「そうです。その姿勢を持つことが、信頼関係を育てる基本です」

人間と行動を、分けて捉える
「旅の2日目、朝のつどいで、Aグループが集合時間に遅れました。
私は『集合時間に10分遅れたね』と『事実』だけを示しました。
遅れたという事実を、当事者であるAグループにフィードバックしたのです。
遅れたのは事実です。 私の価値観を押しつけてはいない。決して非難していない。批判もしていない。評価もしていません。

自分のとった行動の『事実』を示されると、本人は受け入れざるを得ないのです。
ここで大切なことは、相手の「人間と、行動を分けて捉える」ことです。
フィードバックするのは、行動に関してのみです。 人間の部分には、一切触れません」

「事前研修でも、おしゃべりをしている子どもを私が叱りました。
だが、相手に『事実』を伝えただけで、批判も非難もしていません。相手を責めてもいないです。次の朝、一緒に食べましょうと私に声をかけてきたのは、叱られた子どもたちでした」

上下関係では、問題は解決しない
「多くの親や教師は、事実を伝える替わりに、自分の価値観を相手に押しつけます。非難したり、批判したりします。自分の価値基準で評価し、相手を攻撃し、責めます。相手の行動だけではなく、相手の人間をも責めたり、叩いたりしていないでしょうか」

「その場合、親や教師の気持ちの中には、何とかして子どもを自分の思い通りに操作しよう、コントロールしようという強い意志が働いています。子どもにとっては、外から圧力を加えようとしています。兄弟や他の子どもたちとの比較を、口に出したりします」

「これは確実に上下の関係です。親や教師の立場を笠に着て、権威を振り回しています。相手に事情の説明をするチャンスすら与えていません。相手の気持ちや感情の動きなどは、まったく無視されます。

親や教師が気にするのは、自分の怒りの感情だけです。 このような状況の下では、お互いの信頼関係を結ぶことができるはずがありません。お互いの人間関係を悪くしているのは、子どもの側ではなく、親や教師、大人なのです。その結果、子どもの心は確実に親や教師から離れていきます」

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子どもは今、どんな気持ちを味わっているだろうか。  



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産経新聞3月22日のアーリーウォーニング!に、KFi代表木村剛さんの興味のある記述を見つけました。(2004年)
タイトルは「ウェブログと情報民主主義」
・・・\"ウェブログVsニューヨーク・タイムズの戦いは、どちらに多くトラックバックされるかで勝負が決まる。・・・ウェブログにおいては投票数の多さが情報価値を決めることになるので、ウェブログはきわめて民主主義的な情報伝達手段だともいえる。\"
ここまではいいとして、次の記述を引用すると、
\"情報の受け手が情報の価値を決めるということは、考えてみれば当たり前のことだ。このままウェブログが普及していけば、情報の価値は情報の出し手ではなく情報の受け手が決定するという現実が表面かしてくると思われる。\"
\"情報の受け手が情報の価値を決めるということは当たり前のことだ。\"
このくだりです。
「話す側ではなく、話しを聴く側がその価値を決める」という私の主張と同じではないか、と受け止めました。
親が子どもに何を言うか、どういう言い方をするかではなく、子どもが親の言葉をどのように受け止め、何を感じるか、何を考えるかが大切なのですよと言ってきました。
親の言葉をどう受け止めるかは、子どもの手にかかっているのです。
「OOしなさい」「OOしてはダメ」毎日のように親から絶えず浴びせられるこのような言葉を、子どもがどんな気持ちで耳にし、何を感じているか、相手の気持ちを受け止めてあげましょうよ、と私は言いたいのです。
「だめねえ。またやったの。何度言えばわかるの」なんて追い打ちは、まさかしていないでしょうね。
「あなたってダメね」これ以上残酷な言葉はありません。まさか・・・
精神的虐待と言ってもいい言葉です。\"子どもは存在そのもの\"を否定されたのですから。

親は子どもへの言葉を発する前に、まず意識して欲しいのです。
この言葉を自分が発することで、子どもはどんな気持ちを抱くだろうかと。
子どもの気持ちや感情への配慮を忘れてはならない、と私は訴えたいのです。
ちょっと言い方を変えてみましょう。
「また失敗しちゃったね」
これは子どもの行動の事実だから、本人は受け容れざるを得ません。
親は\"子どもの行動\"にフィードバックしただけです。
親は子どもの行動に対して、批判も評価も判断もしていません。
「OOチャンが失敗するのを見て、ママは悲しくなったのよ」
親は自分の率直な感情を言葉で表現し、子どもに伝えます。
子どもは自分の失敗が、親にどんな影響を与えるかを理解します。
「どうしたら、良かったかな?」
あなたが自分で考えてごらん、と子どもに判断を委ねています。
自分で自分の次の行動を決めることを、奨励しています。
それ以前に、子どもは発言のチャンスを与えられています。これまでになかったことです。
「こうしたら失敗しなかったと思う」
子どもは自分で考え、自分で判断し、自分で選択し、自分で決めるチャンスを与えられ、そのチャンスを活かします。
「じゃあ、次はそうしてみようよ」
子どもは自分の意志決定が、親によって認められ、支持されたと受け止めます。
おまけに親から励ましの言葉を得ることができました。勇気が湧いてくるのを感じます。
「ちゃんと見ててよ。やってみるから」

「こうしなさい」「こうしてはダメ」
という言葉を聞く時と、子どもの気持ちや感情がまるで違うと思いませんか。
親子の間に言葉のキャッチボールができている、そう思いませんか。
コミュニケーションが成り立っている、と言えるでしょう。
親と子どもが対等な立場で会話しています。
”子どもの人格を尊重する子育て”、を親が実践している場面です。
そうです。繰り返しになりますが、親が子どもへの言葉を発する前にちょっと意識するのです。
そして、いつも無意識に口にする言葉を飲み込むのです。そして、言い方を変えてみましょう。
気がつかれたでしょうか。
\"人間\"と\"人間の行動\"を分けてとらえていることを。
気をつけるのは、相手の行動に対してだけフィードバックすることです。
子どもの「行動の事実」を、そのまま子どもに返してやるのです。
事実ですから、子どもは受け容れざるを得ません。
「次はこうしなさい」と、親が子どもの行動を決めるのではない、親が決めてはいけない、と親が意識することです。
行動する本人の意思決定に委ねるのです。親の強い意志が要求されます。
気がつく前に「ダメ」という言葉が無意識に口から出ていた、ということがないようにしましょう。

やはり、親が変われば子どもも変わる。親が変わらなければ、子どもは変わらない、ですね。

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親の見識はどこへ行った?子どもの安全を守るのは、親の責任 



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六本木ヒルズ 回転ドア 挟まれ死亡 入学直前の6歳男児
東京・六本木の「六本木ヒルズ」森タワーで涼ちゃん(6つ)が自動回転ドアに頭を挟まれて死亡するという痛ましい事故が発生しました。
調べによると、涼ちゃんは母親の前方を歩きながら、ビルの内部に入ろうと、閉まりかけた回転ドアに近づいた際、ドアとガラス壁の間に頭をつっ込んだ。
事故に気づいた母親と通行人がドアを逆回転させて涼ちゃんを救出したが、ぐったりとした状態だったという。
(産経新聞の記事から引用2004/3/27)
涼ちゃんは小走りで頭からドアへ駆け込んだため、センサーが感知できなかった可能性がある。
回転ドア事故 頭部に800キロ圧力 センサー死角、感知せず
これらは同事故を報道する新聞の見出しです。
危険防止のために設置された赤外線センサーに死角があり、・・・
警視庁捜査一課は構造上の欠陥の有無などについて関係者から事情を聴いている。
自動回転式ドアはここ数年、設置される建物が多くなっているが、・・・
・・・公的な何千基準はないといい、・・・
安全システムは各メーカーが独自に開発しているのが現状という。
(産経新聞の記事から引用2004/3/28)

この記事を目にして、みなさんはどのように感じられたでしょう。何を考えられましたか?
またまた、親の姿が見えてこないな、私はそう感じました。
またまたというのは、数年前に起きた明石の花火見物の事故を思い出したからです。あの事故でも幼い命がたくさん失われました。
遺族や遺族代表などとマスコミに登場する人たちはいますが、彼らは「親としての自分の責任」については一切触れません。主催者、警備会社や警察を追求する姿ばかりが報道されます。
私は自分のサイトでも、あの事故について触れました。
「親の見識」はどこへ行ったのかと問題提起しました。
「自分の安全は自分で守る」ごく当たり前のことです。
今回の事故の報道の中に、東京へ単身赴任の父親を母親と一緒に訪ねた際の事故と報道されています。
お恥ずかしい話しですが、私はまだ自動回転ドアを知りません。実際に見たことがありません。科学の進歩と共に、私たちの生活がどんどん便利になってきています。ドアの前に立ちさえるれば、ドアが自動的に開くなんて私たちの子どもの頃には考えもしなかったことです。同時に私たちから「考える力」を奪う結果になっています。
このドアは右へ開くようだ。どのくらいの力で引けば、開くのかな?軽く開くのか、かなりの力を掛けないと開かないのかすら、やってみないとわかりません。とにかくやってみよう。そして力を掛ける強さを自分で考えて、判断して実際に行動しながら調整します。ドアを開くだけの動作の中で、自分で考えながら実際にやってみる行動を無意識にしているのです。
同時に人間の側には、「自分の安全を自分で守る」責任が重くのしかかってくるようになりました。
子どもの視野が大人に比べ、極端に狭いことは周知の事実です。
大人には見えるものも、子どもには見えない、よくある事実です。
まして、幼い子どもにとっては東京へ出てくるだけで興奮状態に置かれています。大人ですらそうでしょうから。周りに目が行き届かないことは目に見えています。
彼にとって非常に興味をそそる存在、それが自動回転ドアだったのでしょう。このドア以外には何も見えない、何も聞こえない状態です。
周囲に気を配ることもできません。気をつけないと危ないかも知れないと考える余裕などまったくない状態です。
実は、こんな時こそ親の出番なのです。親の見識が問われる瞬間です。
親が「危険予知機能」を働かせる時です。子どもの手をしっかりと握る瞬間です。

子どものキャンプで、子どもたちと一緒にハイキングに出かけたとしましょう。
ああ、ここはちょっと危険だな、特に注意を促した方がいいな、そう感じる箇所に出会ったとしましょう。
私の「危険予知能力」が働いた瞬間です。
まず立ち止まるよう指示を出します。そして子どもたちに話しかけます。
私は自分が立つ位置、姿勢、表情、視線、目の動き、声の大きさ、声の表情などに気を配って語りかけます。
「先日の雨で道が少し崩れているね。特別に注意をしてこの箇所を通り過ぎよう。足下に注意して歩けば、特に危険はないだろう。一人ひとりが注意するんだよ」
「OOリーダーがこの箇所に立ってみんなが通り過ぎるまで、必要なら手を貸すからね。私が向こう側に立って手を貸そう」
「XXリーダーが先頭を歩く。みんなが通り過ぎるまで、歩くスピードを少し落とそう。みんなが通り過ぎたら、休憩にしよう」
私の「危険回避能力」が試される時です。
子どもたちに話しかけながら、私は一人ひとりの姿勢や表情に細心の注意を払っています。私の語る言葉が、子どもたち一人ひとりの心の中へ染み込んでいくのを確認します。
子どもたちの意識が危険回避へと働くのを、彼らの表情や目の動きを観察して確認します。
実際の行動に移るのは、確認ができてからです。
相手が今、ここで、どんな気持ちを味わっているかに常に注意を注ぎます。
「自分の安全は自分で守る」しっかりと覚えていただきたいし、実践していただきたいと願っています。自分の子どもの安全を守るのは、親の責任ですね。
やはり、「親が変わらなければ」、と考えます。
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親の生き方を見つめる2 



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世間の親の願い
親のみなさんへの、私からの質問です。

・自分の子どもが、「自分で自分を律する子ども」になって欲しいと考えませんか?

・自分にとって何が正しいかを、思慮分別をもって自ら判断できるような子どもになってくれたらと願いませんか?

・こういう人になりたいと自分自身が思うような人間になってもらいたい、と考えませんか?

自分の面倒は自分で見る、自分で自分のことを決め、自分で自分の行動に責任を持つことができる子どもということです。言葉を換えれば、「考える力」「生きる力」を身につけた子どもと言えるでしょう。


自分が決めて、実行する
シドニーオリンピックの選考会で派遣から漏れてしまった、水泳、自由形の千葉すず選手の言葉を借ります。

「日本なんかでグチュグチュ悩んでいるんだったら、出かけてみるといいですよ。経験したらいいんですよ。ただし絶対にひとりでね。友達なんかと一緒じゃんなくって。誰でも心が広くなりますよ。それまで、いかに自分がちっぽけなことで悩んでいたかがわかりますって」
そして、彼女はアメリカで自分の生き方を見つけています。


ここで私が思い出すのは、スピードスケートのオリンピック代表だった黒岩選手、どうしてもいい成績が残せなませんでした。オリンピックでは惨敗します。

その後、彼は一人でヨーロッパを転戦します。飛行機その他の移動、ホテルの手配、トレーニングの場所、練習相手を見つける、ゲームのエントリーなどすべてを自分でこなしてきました。

そして、見違えるほど強くなって帰ってきました。次のオリンピックでは銀メタルに輝きます。その彼が長野オリンピックではスピードスケート日本代表の監督を務めました。

スピードスケートの清水選手、スキージャンプの船木選手など、同じように一人で外国へ出かけ、生活からトレーニング、競技会へのエントリーなど、自分で自分の面倒を見ながら確実に競技者としての力をつけています。

プロ野球の世界では、高校を中退して一人で自分の道を切り開いたメジャーリーグのマイク鈴木投手がいます。これは私の推測ですが、一人の人間としての成長も彼らには必ず見られるはずです。


専門の勉強なしで、人を教える
日本のスポーツの世界を見ていると、どうしても解せないことが数多くあります。

例えばプロ野球、選手としての実績を持つ人が、いきなり監督、コーチの職に就きます。そして、失敗の例は後を絶ちません。コーチになったのだから、選手に教えなければならないと思い込みます。

そして、あたかも自分の持ち物のように選手をいじり回すのです。「ああしろ」「こうしろ」と口やかましく、選手を追い立てます。自分流を無理矢理相手に押しつけるコーチが多いようです。

「形」にはめようとします。選手を束縛します。自分はこのようにして、これだけの成績を残したのだから、おまえも同じようにやれと押しつけるのです。

プロ野球の世界でも、せっかく良い素質を持ちながら、コーチにいじられてつぶされた選手が多いと聞きます。

コーチの無理強いをはねのけて、アメリカへ渡り、自分の力だけを信じて成功した野茂投手がいます。 彼が切り開いたと言っていいでしょう、メジャーリーグへの道を、長谷川、吉井、佐々木投手らが続きます。


子育てにも、専門の勉強が必要
このような記事に接するたびに、私はこどもを持つ親の姿がだぶって見えます。親になるための勉強を何もしないまま、気がついたら子どもの親になっているのです。何とか子どもを育てないといけないと子育ての奮闘が始まります。
しかし、専門的な訓練を受けた経験がないから、知識も経験もありません。


自分が親に育てられたように、自分の子どもを育てようとします。どんな子どもに育てるかという、明確な目標すら持たないで子育てを続ける親が多いのです。ああでもない、こうでもないと子どもを自分の持ち物のように考えていじくり回します。

子どもを「一人の人間」として受け止めてやってくださいと訴えたいです。


自分の生き方を見つめることから
自分ができることと、人を指導することは、まったく次元の違う問題だと私は考えています。
コーチになるのなら、まず「人間」「人間の行動」「人間の心理」「グループ」「リーダーシップ」などに関する勉強を始める必要があるでしょう。

次にコミュニケーションの取り方、話す、聞くの勉強が必要です。自分の考えを相手に分かるように、言葉でしっかりと伝えることができなければなりません。言葉による自己表現能力を磨くということです。そして、自分の専門の技術を相手にコーチするための、専門的なコーチ学の勉強が必要です。

これは、親の場合にもまったく同じことが言えます。まず親が勉強しなければなりません。一人の人間としての、自分の生き方を見つめることから始めることが必要でしょう。


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親の生き方を見つめる  



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肩書きだけでは、周りが不幸に
プロ野球の選手が現役で働けなくなると、野球解説者という職業に就きます。現在解説者と呼ばれる人は多いですが、一般の野球フアンが気づかない点、なるほどそうなのかと野球の奥の深さを、専門的な見地と経験から解説できるような魅力のある解説者が見あたりません。

自分の仕事に対する認識不足、自覚のなさ、勉強不足が気になって仕方がないのです。アナウンサーの言葉に相づちを打つだけ、結果論で分かったようなことを言うだけの人もいます。いえ、アナウンサーが技術解説をし、それに追従するだけの人がいます。
自分だけが分かっている用語を、不用意に使う人、相手意識の欠如を感じさせます。

言葉の使い方を知らない人、視聴者に不快感を与えるような汚い言葉づかいを平気でする人などが多いです。すらすらと話ができないで、あー、えー、それでー、あのーなどで引っかかり、つまづきながらしか、言葉が出てこない人も多いです。

まず言葉づかいと話し方、相手に不快感を与えないための基本的なマナーから勉強しなさいと言いたいです。


コミュニケーションの勉強を
日本の学校教育には、話し方、聞き方の教育が欠如しています。
パブリックスピーキングの科目もない。コミュニケーションの概念が日本には在りませんでした。学校での勉強の機会がなかったから、できなくていいとは考えません。

正しい日本語の話し言葉は、毎日の生活の中で親が直接子どもに教えていくものだと私は考えます。


最近は、日本語の乱れのひどさが目につきます。
子どもが言葉を話せるようになるプロセスで、親が正しく、美しい日本語をしっかり教えなかったツケが回ってきているように感じます。


人としての基本的なマナーと共に、「話し言葉」は親がしっかりとしつけなければならない大きな課題です。


再び千葉選手の言葉を借りよう
「日本とアメリカの違いは、コーチが選手を束縛しないという点ですね。アメリカの選手は、小さな頃からコーチを頼らないんですよ。頑張るも頑張らないも本人次第。

日本のコーチの場合は、少しでもサボろうものなら「追加練習だ!」なんて言って怒る。

でもアメリカの場合は、「頑張らなくてもいいぞ。お前がそれでいいっていうのなら。だけど、頑張るなら手助けしてやるからな」というような感じ。

だから、ここ一番に自分の力を信じて頑張ることができる。本番に強い理由ですね」 「日本にはいいコーチ、いい指導者が少ない・・・自分のプラスアルファの力を引き出してくれるコーチと一緒になって頑張れる環境がない限り・・・」

「自分が自分らしく生きられるところがいいなあって思って。で、アメリカにいる自分が自分らしい自分だと思いますから。日本はほっといてくれないんですよ。
-―-私にしてみれば。白黒はっきりさせてもらいたいんです。日本人はズルズルがいつもだから、私の24時間もズルズルになっちゃう。―――常に人に気を遣って、言いたいことも言えない。

言ったらバッシング。とにかく出る杭は打たれるで、ちょっとでも変人がいると、潰そう潰そうというのがひしひしと伝わってきて、全体的に人の悪いところを見つけようとする傾向が強くて、褒めて伸ばそうというところがなくて、人間的にどんどんダメになっちゃう」



子どものコーチ役、子どもの人生に最も強く大きい影響を与えるのが親です。
「ああしなさい」「こうしなさい」「ああしてはダメ」「こうしてはダメ」と口やかましく子どもを追いかけ回して、自分流を押しつけて、可能性を閉じこめ、自分の子どもを潰そうとしていないでしょうか?

親としてのあり方、姿勢、心構えを見直していただきたいです。
いや一人の人間としての「生き方」を見つめていただきたい、と強く願っています。

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* 文中の千葉すず選手の言葉は、 文芸春秋発行 ナンバープラス June2000 (平成12年6月1日発行)
  千葉すず スマイル・アゲイン から引用させていただきました。




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進化論 



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"曖昧な思考からは、曖昧な結果しか生まれない。"
 


  デートをするとき

  何もプランを考えてないと


  ただただ、ぶらぶらして

  いつの間にか時間が来て

  お別れのときがくる。



  デートはそれでも楽しいかも知れないけど

  それが人生だと哀しいよね。



  起こったことが人生だと勘違いしてしまう。

  ケセラセラの人生も素晴らしいと思うんだけど。。。



  だけどサクセスをテーマにすると

  目的目標のために

  生きていかなければ願望成就はないよ。



  曖昧な思考は

  曖昧な結果をつれてくる。



  さらに悪い事に

  あきらめの気持ちまでもつれてくる。


  
  明確な思考は

  明確な結果をつれてくる。



  さらに良い事に

  勇気と人生価値観をつれてくる。



  明確な思考は、なりたい自分の投影である。

  

  ほら!壁がまた、ドアに見えてきた。。



○ o 。………………………………………………。o ○
     【 一日一歩・進化論。】     
  http://www.mag2.com/m/0000208975.html
○ o 。………………………………………………。o ○



 もくもくと頑張っていると



 孤独に感じるときってあるよね。



 孤独って悪いものと思われがちだけど



 そうではないんだよ。



 本当に必要な仲間を連れてくるからね。



 そんときが私にもあったんだよ~。



  この記事のソースはコチラ

  【 一日一歩・進化論。】
  http://www.mag2.com/m/0000208975.html


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